「今日も何もしなかった」と落ち込む休日の終わりに

日曜の夕方、カーテンの隙間から差し込む光がオレンジ色に変わっている。気づけば一日中、部屋着のままだった。
朝はなんとなく遅く起きて、スマホを見ながら朝ごはんとも昼ごはんともつかないものを食べた。少し横になるつもりが、気づいたら二時間たっていた。洗濯機を回そうと思ったまま、まだ回していない。読もうと思っていた本も、机の上で同じ位置にある。
夕方のチャイムが聞こえたあたりで、胸の奥が少し重くなる。「また何もしないで終わった」。明日からまた一週間が始まるのに、休めた気もしないし、何かをやり遂げた気もしない。
そんな日曜の夕方を、何度も過ごしてきた人は多いと思います。
落ち込むのは怠けているからとは限らない
何もしなかった日に落ち込むのは、それだけ普段の自分にきちんとしていたいという気持ちがあるからです。平日をがんばっている人ほど、休日にも何かしらの手応えを求めてしまいます。
体が動かなかったのは、それだけ疲れていたからかもしれません。一日中横になっていたことを、怠けたと決めつける必要はありません。
それでも、落ち込みは残ります。ゆっくり休めたはずなのに、なぜか気分が晴れない。
頭の中の予定表
ここで、休日の前の夜を思い出してみてください。
金曜の夜、「土日は部屋を片づけて、洗濯もして、買い物にも行って、あの本も読もう」と、頭の中で予定を並べていなかったでしょうか。紙に書いたわけでも、誰かに約束したわけでもない、自分だけの予定表です。
日曜の夕方に感じる「何もしなかった」は、この予定表と、実際の一日を見比べた結果です。できなかった項目の数だけ、落ち込みが積み上がっていきます。
落ち込みのもとは、何もしなかったことそのものより、休みの前に頭の中で作っていた予定表のほうにあるのかもしれません。
予定表を作ったのは、休みに入る前の、まだ元気だった自分です。疲れが出た当日の自分には、そもそもこなせない量だった可能性があります。
休日の終わりに振り返る問い
次の休日の夕方に落ち込みそうになったら、次の問いを順番に思い浮かべてみてください。
- 休みの前にどんな予定を頭の中で立てていたか
まず、見えていなかった予定表を言葉にしてみます。思っていたより多くの項目を詰め込んでいたことに気づく人もいます。 - その予定は休みの日の自分に合っていたか
平日の疲れが残っている状態で、こなせる量だったかを考えてみます。 - 今日の体はどのくらい疲れていたか
横になっていた時間が長かったなら、それだけ体が休みを必要としていたのかもしれません。
この三つを考えてみると、「何もしなかった」が「休むのに一日かかった」に、少し見え方が変わることがあります。
次の休日のために
予定表をなくす必要はありません。量と中身を少し変えるだけで、日曜の夕方の重さはずいぶん違ってきます。
- 頭の中の予定は「やりたいことを一つだけ」にしておく
- 「何もしない時間」も予定の一つとして数えておく
一つだけなら、できた日は素直にうれしく、できなかった日も落ち込みが小さくてすみます。
一つ注意したいのは、罪悪感を消そうとして、次の休日の予定をきっちり詰め込んでしまうことです。予定をこなすことが目的になると、休日がもう一つの平日になってしまい、疲れが取れないまま月曜を迎えることになります。休みの予定は、少なすぎるくらいでちょうどいいと思います。
休日に何もする気が起きない状態が何週間も続く、好きだったことにも気持ちが向かない、という場合は、疲れがかなりたまっているサインかもしれません。そのときは、一人で抱えずに専門の窓口や医療機関に相談してみてください。
ヨルノキモチについて
日曜の夕方の重たい気持ちを、どこかに書いておきたくなったら。
ヨルノキモチは、恋愛・性の悩み・自分のことを、名前を出さずに書いておける場所です。誰に話すほどでもない休日の落ち込みも、そのまま書き残しておけます。投稿すると、AIがそっと言葉を返してくれる機能もあります。気持ちに余裕がある日は、ほかの人の投稿にひとこと返すこともできます。
書くことで、少し整理がつくこともあります。
※この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。気持ちの落ち込みや無気力が強く続く場合は、専門機関へのご相談をおすすめします。